前号で、3つの問いを立てた。購買力の維持。予備的選択肢の確保。そして、接続の自律性。
最初の2つは居心地の悪さをもたらすが、対処は可能だ。購買力は統計的に近似でき、選択肢の幅は論理的に検討できる。しかし3つ目は、種類が異なる。自分の資産構成に含まれる個々の資産について、この問いを誠実に向き合おうとした瞬間に、標準的な管理手法が決して直面させようとしなかった事実が浮かび上がる。
第1章:市場の危険と接続の危惧
市場の危険(マーケット・リスク)は、こう問う。「その価値は変動するか?」
接続の危惧(アクセス・リスク)は、異なる問いを立てる。「資産の市場価値がいくらであろうと、あなたがその資産から物理的・法的に切り離される条件は何か?」
これらは全く異なるカテゴリーの問いだ。市場の危険は価格の問題である。接続の危惧は、構造の問題だ。
過去数十年に構築された大半の資産構成において、後者は「実質的に無視できるもの」として扱われてきた。それは接続の危惧が存在しなかったからではない。その脆弱性を露呈させるための地政学的な条件が、これまで整っていなかった——ただそれだけのことだ。
そして今、その条件が整いつつある。
第2章:資産の背後にある「環境」という現実
分散投資の標準的な理解は、異なる動きをする資産に資金を分ける、というものだ。NISA口座の全世界株式インデックス投信、国内債券、REIT、そして預金。値動きの相関は確かに異なる。
しかし、この4つを保有するために協力を続けなければならない主体を数えると、様相が変わる。投信委託会社、国内の信託銀行、海外の再委託保管機関、現地の中央証券保管機関、ドルの決済網、そして米国の法域。相関は6通りに散っていても、停止条件は途中から1本に束ねられている。
しかしここには、あまりに根本的すぎて問われることのない「前提」がある。これらすべての資産——株式も、債券も、不動産も、現金も——は、同じ制度的・司法的環境の上で保持され、決済され、法的に認識されている。同じ基軸通貨、あるいはそれに連動する通貨で値付けされ、同じ清算基盤と法体系に依存している。
保有しているのは異なる資産ではない。一つの基盤構造が、異なる表現形式をとっているに過ぎない。
ゴールドマン・サックスの推計によれば、金(ゴールド)——ここでは依然としてドル決済基盤の内側に留まるETFとして測定——が米国の民間財務の資産構成に占める割合は、わずか**0.18%**だ。18%でも1.8%でもなく、0.18%。2012年の市場ピーク時でさえ0.23%に過ぎなかった。この数字は、現在の管理手法が「正統な資産」の境界をいかに強固に定義し、資本をそこに封じ込めてきたかを示す測定値である。
日本に目を向けると、この構造はさらに鮮明だ。日銀の統計によれば、日本の家計金融資産は2,000兆円を超え、そのうち約54%が現預金で占められている。債券を加えると、単一の基盤構造への集中はさらに高まる。主要先進国の中で、日本の家計金融資産は最も強く「単一の依存軸」に集中した状態にある。
この依存は円と国内法域だけで完結しているわけではない。日本の銀行のドル調達は為替スワップ市場に大きく依存しており、その市場が目詰まりを起こした局面——2008年、2020年——では、日銀とFRBの間のスワップライン、つまり中央銀行間の裁量によって接続が保たれた。この構造の裏には、日本がエネルギーと食料の大半を輸入に頼らざるを得ないという物理的な事情がある。ドルへの依存は選好ではなく、その物理的な義務の裏返しだ。スワップラインという中央銀行間の政治的協力が途絶えた瞬間、決済能力の喪失が日本のエネルギー・食料調達そのものを止めかねない構造がここにある。
「過去80年間の制度的安定性」という言い方も、正確ではない。2026年から80年を遡れば1946年——預金封鎖と新円切替の年にあたる。日本人投資家が「接続の危惧」を一度も問うたことがないのではない。一度だけ経験し、そこから80年を数え続けている、というのが正確な言い方だ。
第3章:所有することと、使えることは別である
2022年2月28日、ロシア中央銀行が西側諸国に保有していた約3,000億ドルの準備資産は、72時間以内にアクセス不能となった。
資産は存在していた。抽象的な法的意味での所有権も残存していた。しかし、司法管轄のレベルで接続が剥奪された。資産は西側の管理機関に預けられ、西側の通貨で決済され、西側の法体系に従属していた。その「制度環境」の姿勢が変わった瞬間、アクセスは数時間のうちに遮断された。
同じ2022年、カナダ政府は非常事態法を発動し、デモに関与した個人の銀行口座凍結を要請した。だが実際に接続を切ったのは政府そのものではない。要請を受けた民間の金融機関が、口座を凍結する実務を担った。制度は指示を出し、接続を切ったのは実装レイヤーだった。資金は彼ら自身の所有物であり、口座の名義も彼らのものだった。しかし、資金を使うには金融機関の協力が必要であり、その協力が引き揚げられたとき、所有はあっても接続は終わった。
政治的な立場や制裁対象であることとも無関係に、同じ構造が現れた例もある。2013年のキプロスでは、銀行破綻処理の一環として、一定額を超える預金そのものが強制的に切り下げられた。デモに参加したわけでも、当局に敵視されたわけでもない、通常の預金者が対象だった。接続の条件性は、政治的立場を選ばない。
筆者はこれを、政治的な善悪の問題として提示しているのではない。構造的な地図の読み取りとして提示している。
これらの出来事が明らかにしたのは、共通の構造的属性だ。第三者を介して資産を保持し、中央集中型の清算システムで決済し、特定の法域の下で認識されている場合、「実効的な接続」は常に「条件的(コンディショナル)」なものとなる。管理機関が健全で、清算システムが稼働し、法体系があなたの権利を認め続けるという条件の上にのみ成立する。
「資産を保有する権利」と「資産を実地で使える権利」は、本質的に異なる階層にある。
ほとんどの資産構成は、これらすべての条件が同時に、かつ継続的に満たされることに100%依存している。
ここで、分散という言葉の定義が入れ替わる。分散とは「価格が別々に動くこと」ではない。「停止する条件が別々であること」だ。前者は相関係数で測れる。後者は、協力を撤回できる主体の数を数えるしかない。
標準的な資産管理の枠組みは、前者だけを測ってきた。
第4章:この地図の先に見えるもの
ゴールドマンの0.18%という数字には、もう一つの含意がある。0.01%のシフトが価格を約1.4%動かすほどの感応度があると彼らは推計している。市場がこれほど薄い(感応度が高い)のは偶然ではない——既存の枠組みが、資本を制度内の負債商品へと組織的に誘導してきた結果だ。
筆者が注視しているのは、中国・ポーランド・トルコ・インドといった中央銀行、および中東や東南アジアの政府系ファンド、多世代にわたる大規模な資本が、司法管轄への依存度を下げるために保有構造を再編している速度だ。これは資産価格の予測ではなく、「接続の問題をどのような構造で解こうとしているか」というシグナルとして読んでいる。
2022年以降、世界の中央銀行による金購入は2010年代平均の約2倍のペースで継続している。インド準備銀行がロンドンに保管していた金を国内に送還した事例は、所有権に一銭の変更もなく、アクセスだけが完全に変化した——所有とアクセスの区別を、一度の取引で最も純粋に体現したケースだ。
彼らの動きには地理的なパターンがある。直接保有や特定の司法管轄に依存しない形へと移動している資本は、「接続の条件性」を最近かつ大規模に経験した地域に集中しており、保管拠点としてシンガポールやドバイが新たに選ばれている。これは偶然ではない。一つの修得プロセスだ。
ほとんどの資産構成は、まだシステムの外に出ていない。0.18%という数字は、その事実を反映している。
ただし「外」は、依存のない場所ではない。制度レイヤーの依存から降りた資本は、そこで別の依存に接続される。誰が精錬するか——世界の金精錬能力は今もスイス数社に集中している。どこに保管されるか。何日で物理的に移動できるか。制度の地図を降りた先には、物流と加工の地図がある。
その地図はどのような形をしているのか——それが次号のテーマだ。
これは投資の助言ではない。この地図をどう使うかは、読者自身の判断である。
次号: 標準的な資産管理の枠組みに、「構造的弾力性(レジリエンス)」というカテゴリーは存在しない。収益でもリスクでもない、第3の設計原則とは何か。


